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2017年03月11日

27年目に突入。非常時のリーダーシップとは。

3月11日

昨日は保代協セミナーで札幌に行き翌日の今日念願の彩未の味噌ラーメンと揚子江の寿司&中華を食すことができもうこれで我が人生思い残すことはないと涙ぐむ老紳士@ケーホリーですこんばんわ。

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ところで。

3月は卒業式、企業の決算期、確定申告など、何かとばたばたする月ですね。特に保険業界は4月1日から標準利率が史上最低の0.25%になり、貯蓄性保険商品が軒並み値上がりすることもあり、駆込み需要で大忙しです。
因みに私にとっての3月は格別の思いがあります。26年前に保険業界に入り、生まれて初めて営業職に就いた月だからです。

当時は32歳。完全無欠の若き青年でした(笑)社会人になって10年は営業とは無縁の仕事でした。敢えて営業職を選ばなかったのです。それがよりによって営業職の中でも最も辛く厳しい保険営業の世界、それも完全歩合制の世界に足を踏み入れたのです。

転職の理由は、はっきり言って保険が売りたかったわけでも営業がしたかったわけでもありません。ただ、収入を上げたかった。自分の実力次第でそれが実現できるのならそのままサラリーマンとして働き続けて後悔するより、チャレンジして玉砕するほうがまだましだと思ったのです。

そんな不純?な動機でも26年続けられたのですから、僕は自社で社員を採用する時の転職の動機はあまり問いません。これからどうなりたいのかという強い意志と過去に何をやってきたのかという事実の方が断然大事だと思っています(この両輪が大事)

入社当時のあだ名はチャチャイ。カンボジアからボートに乗ってやってきた難民出身のライフプランナーとして名前を売りました(自己紹介でウケを狙ったらそのままそのイメージが定着しました・・)

ただ我武者羅に動き続けた1年目。気が付けば新人賞を通り越して社長杯に入賞し、そのままの流れで2年目からは営業所長になりました。当時は組織拡大の気運が高く、ある程度の実績を上げたプランナーの中からアセスメントをし、合格すれば営業所長に職種転換させることが多かったのです。

営業所長は4年間務めました。営業所長の仕事は採用と育成。プランナーゼロから始めた営業所は25名にまで拡大し、当時最大規模になり、社長杯や社長賞も獲得しました。そしてそれなりの実績が認められて支社長に昇格。所属プランナー4名を営業所長に転籍させ、これもゼロからの支社開設でした。支社長は都合5年。42歳で退職したときには65名ほどの規模だったように記憶しています。社内では誰にも相談せず、一人で独立することを決めました。

「自分が採用した仲間を捨てて独立するなんて、なんて支社長だ。」

社内からは裏切者のレッテルが張られました→続きはhttp://www.holos.jp/holostyle/?t=1305




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http://www.holos.jp/employ/orientation-session.html

posted by 堀井計 at 22:27| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 堀井計の午睡イントロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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